牛込宗参寺狐一件

宗参寺(※1)、雲居山と号し、寺領十石、曹洞宗開山宥栄禅師牛込勝行、父重行菩提の為、天文十三甲辰年(※2)建立、美田四十斛(※3)を寄付す。雲居院殿前の大胡大守実翁宗参は大胡重行の法号也。号を以って山寺号とす。重行は藤原秀郷の後胤、上野国大胡城主大胡太郎重俊六代の孫也。武州牛込の城に住す。摘孫勝行は小田原北条氏に属し、牛込・今井・桜田・日比谷、其の外下総堀切・千葉を領し、牛込に居住也。天文廿四年、宮内少輔勝行従五位下に任じ、時に大胡を改めて牛込氏とす。勝行七十五歳にて卒、牛込氏代々の墓あり。

右境内へ狐、穴を掘り住み、子を産むを住持可愛がり、日々食を与え飼い置く処、今日切支丹坂上(※4)星野と申す眼医者へ前髪の小僧来たり、宗参寺より参る間、眼薬二日いただきたいと申し、金壱朱取り出し、眼薬貰い、御見舞下されと申し帰る。翌朝見舞に星野、宗参寺へ参った処、此の方にては使い差上げる義無きの由、不思議に存じあきれる処、住持気が付き、墓場へ参り狐を呼出し見れば、子狐二疋目悪しく、眼薬を子狐へぬって有ったよし。

眼に星野出来て治療にきつねなり あすは見舞に宗参寺ます

※1 そうさんじ 東京都新宿区弁天町1
※2 1544年
※3 斛は「こく」 石と同じで、約180リットル
※4 嘉永七年尾張屋刊江戸切絵図「礫川牛込小日向絵図」に、漢字で「切支丹坂」と記されている。場所は小日向1丁目に位置する。

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